「いきいき塾」という深層学習の場で生じる知の探求とは? 今年1回目の「いきいき塾」を開催しました。

02.15

こんにちは。堀之内です。

今回も新規メンバーを迎え、今年1回目の「いきいき塾」を2月5日(火)に開催しました。

「いきいき塾」を始めて、早15年。

経営者の方の熱心な想い…

 もっと成功したい。

 優秀な部下を育てたい。

 家族、社員を幸せにしたい。

それに応えるためには、年に一度のBeingワークショップだけでは追いつかないところも多々あります。

日々の細かな出来事・反応・現象に太刀打ちするためのトレーニングの必要性を感じ、隔月で年5回、「いきいき塾」を会員制サポートコースのメンバーを対象に開催するようになりました。

経営者ご自身だけでなく、幹部社員、そしてこれからの活躍が期待される若手社員と一緒に参加されるメンバーも当初からいらっしゃいます。

優秀な経営者が、ご自身が成功するだけでなく、部下を成長させ、成功させる力をつけられてきているのを見るのは、毎回の楽しみです。

そして、いつも新鮮な課題に向き合われ、それをお持ちになってご参加くださるので、私も”次は何を提供しようか”と、非常に活性化される会となっています。

会員制サポートでは、個別メンタリング等で継続的にその方のテーマに合ったトレーニングを行っています。「いきいき塾」で2か月ごとに20~30名ほどのメンバーが集まると、不思議とその時ごとのトレンドと言うか、全く違う業種・業態の組織なのに、似たような問題が同じ時期に勃発するということがよくあります。

そういったユングの言うようなシンクロニシティ(共時性)が現象化するというのも、私から見ると、より深い心の層へのアプローチ故、当然という感じもあります。

というわけで、取り上げるテーマはメンバーに直近で起きた”解消したいこと”を元にしていることが多くなります。

もちろん私の気がどうしても惹かれる時事ネタを盛り込みたくなることもありますが、そこは、皆さんのニーズにお応えしつつ、やっています。

それで、初めのころはBeingワークショップでは直接的に取り扱わないスキル的なこと、心の階層でいくと第一層(行動課題)と第二層(感情・思考課題)への具体的な対処法をお示しすることが多くなっていました。

そういう心の階層レベルをどう理解したらいいかという枠組みをお教えし、対処のためのテクニックを練習して頂くようにしていました。とにかく、今日(あるいは次の日)会社(あるいは家)に戻ったとき、これまでうまくいかなかった方法をやめ、新しいやり方を始めていただけるような場になるようにしていました。

ただ、年数を重ねてくると、どうしても第一~二層レベルで収まらないような気づきを持たれる方が増えてきまました。これもみなさんの研鑽の結果ではあるのですが。

それで、近頃は時折思いついて、第三層(セルフ;愛と意思の課題)や第四層(ハイヤーセルフ課題)を取り入れながら展開することもあります。

今回は「知の探究」というキーワードで事前準備をしてみました。

本当の意味での「知」というのは、単純な知識量、情報量とイコールではありません。ノウハウだけを次々に獲得しても、実際に目の前で起きる現象に対応できる力を発揮することにはつながらないのです。そういった力はあんぐりと口を開け、教えられたことを鵜のように飲み込んでいるだけでは身につかない。知の力が発揮されるためには、自分で自分の内面、心の深層を探るプロセスが必要なのです。自分の足で自分の内面を歩いてみて、その感触をつかむという体験が、自分ではない誰かの心の深いにアクセスするための糧になるのです。

心の浅い層は、言動を観察・分析したり、あるいは相手に「どういうこと?」と尋ねてみることで理解を深めることができますが、心の深い層は本人自身も「こう」と言い切ることのできないような世界です。だからこそ、すでに自分の内面を探索した経験だけが、他の誰かの内面探索のガイドとなります。

メンバーのみなさんはすでに多くを学ばれている。そして、それに見合うように、次の難題が起きている。つまりこれは、すでに得た横方向の「知」を活かすために、縦方向の深化が迫られている時期を迎えられているということだ、とピンときたので、今回はちょっと実験的な取り組みをしました。

心の第三層~第四層レベルへのアプローチは、個人ワークにしろ、グループでのワークにしろ、イメージを使っていくものですから、そこを合理的に、左脳的に、理論立てて理解していくというのはまあまあ難しいものですが、とにかくやってみていただきました。

Beingワークショップや個人ワークでは、その場にいる人全員がそのワークの参加者になるので、ある意味、そのプロセスに没入していてよいのですが、じゃあその手法や考え方を日頃の部下指導や家族関係に活かせるように学ぶとなると、どうしても没入したままではいられません。

なので、体験に半分没入しつつ、もう半分の自分は客観視を保つというような訓練にもなったかと思います。右脳的なことを左脳的に学ぶといったらいいでしょうか。少し混沌とした体験になった方もいらっしゃったように見受けました。

どうしても横方向の知識の習得というのが学びのパターンとして定着してしまっていると、正誤がはっきりしている(○か×か)とか、公式に当てはめてスッキリ片付くとか、そういった物の見方になりやすい。その方が単純でラクですから。

世に流布している多くのコミュニケーションスキルのトレーニングやコンサルティングのノウハウはうまくパッケージ化されていて、短期的には達成感を味わえます。ですが、心の第一層、よくて第二層くらいまでしか扱えない。そこから先の深い部分は、浅い部分と同じやり方では開発できません。そして、達成感だけではない、複雑な味わいのある世界です。そういう”序章”みたいなところをご提供できたかなと思います。

質疑応答もなかなか盛況でした。積極的な参加に、私はいつも尊敬の念を抱いています。

終了後に、スタッフからこんなふうに言われました。

「もしあの質問を別の方がされていたら、堀之内先生はきっと全く別の答えを仰っていたでしょうね。」

そうなのです。これが心の第一~二層レベルではない学びなのです。パッケージ化された学びであれば、どなたがお出でになっても講師の答えは一つだけ。正解は一つです。

第三~四層の学びはどうか。答えはその人ごとにあります。一見するとただの”質疑応答”でしょう。しかし、その方の深い部分から発せられている問いであることに反応できる講師は、一つの正解を与えて終わりにすることはしません。そうしようとしてそうなるというより、深い層でペーシングができていると、そうすることが当然といった感覚です。

こういう質疑応答の場を体験し、他の誰かが講師との質疑応答をしている姿を間近で見ていることも、大きな原動力になります。自分に必要な答えを得られて満足されている様子に「あ、いいなー」というよう感じがすると、それまでそういった習慣がなかった方も、ご自身で問いを発するという工夫が始まります。

禅問答のように、質問者と講師の間でだけ大きな納得、満足があって、周りは放っておかれたような気分でしょう。自分が大切に扱われていない、あの人には時間を割いて説明しているのに、自分には十分な時間を割かない・・・という不満をお持ちになる方もおられることと思います。その時のそういったちょっとしたストレスが、人間を鍛えることになると思っています。

「それってどういうことなんだ?」という頭の中の自分のクエスチョンと、目の前で回答を得て満足している質問者。そういうなかで生じるちょっとした不満・不協和が、自分で問いを生み出す力になっていくのではないでしょうか。

これもまたグループの力ですね。そして、禅問答のような他者のやり取りに第三~四層の心の働きを感じ、そこに自分が直に満足を得られているわけではなくとも、その動きを共に感じ続けるという体験も、知の探究そのものと言えます。それこそ、いきいき塾の目指す気づきと鍛錬の真髄と思っています。

とは言え、学びは常に新たな流れがあり、いつも、ずっと、こういう学び方だけをするというわけではありません。
次回はまた次回のテーマとなることでしょう。
メンバーの皆さんとはまた4月にお会いできることを楽しみにしています。取り組みたい事柄がありましたら、どうぞ積極的にお知らせください。

堀之内高久

 

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