理不尽な福祉現場、居心地のいい福祉現場 ーそれを左右するのは?ー

11.05

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こんにちは。堀之内です。

 長年、福祉・介護を中心に対人援助職のプロのみなさんのトレーニングをしていて思うのは、本当に理不尽な現場が多いということです。

<理不尽な現場は今も続き、これからも続く>

 私の元で勉強されて腕を磨き、利用者へのサービスはもちろんのこと、組織を束ねる立場としても活躍されているベテランも受講をリピート頂いていますが、「福祉・介護専門職プロ講座」でお目にかかるたびに私は“福祉現場の変わらなさ”に残念を通り越し、辟易しています。

 ご自分の時間を割いて研鑽に努めている方々がなぜか職場で冷遇されたり、非難されてしまう。ここ15年ほどビジネスの世界に身を置く方々のお手伝いをするようになって、余計に福祉現場の理不尽な構造が目に余る、そういう感じがしているところです。

 ビジネスの世界の方は、私の元で勉強され、身に付けたものをすぐに使って色々な形で成果をあげていらっしゃいます。

 学びをお客様へのサービスのあり方に反映され、顧客満足や売り上げをアップさせたスタッフ。学びを部下指導や組織のあり方に反映され、スタッフがよりよく活躍し、離職率の抑制に成功された経営者や幹部社員。そういったご報告を受けるたびに、私は私が提供してきたトレーニングの有効性に「やっぱりこれだ」と確信を重ねています。

 ところが、福祉現場からは中々そういった成功が聞こえてこない。

 もちろん受講される方は面接練習からBeingまで多岐にわたる学びの中で、ご自身の未解消な課題(unfinished business)を解消されながら、同時にそういった援助を利用者に提供できるようにスキルを身に付けられています。確かに上手になっているのです。身に付いていないわけではないのです。

 なのに、職場へのストレスがなくならず、職場からの評価にも満足がいかず、理不尽さを感じながら日々過ごしていらっしゃる。

 なぜ同じように学び、同じように成長されていて、同じように貢献しているのに、身を置く世界が違うとこんなに理不尽なのか。私はやはり福祉・介護の世界のある種の不健全さあると思います。

 その理由として、福祉の現場にはどういう人が集まっているか、集まってくる人に、私の問題発生率の式で説明すると、まず、分母の1つである“自己尊重”に特徴があります。

 人はいろいろな形で自分の自己尊重を保ったり、高めたりすることをしています。福祉・介護の世界に来る方たちは、

「誰かのお役に立つ」ということで自己尊重を得ようとしていることがとても強く、相手の評価によって自己尊重がエレベーターのように上下に揺さぶられる傾向が著しく強いのです。

 誰かの役に立っているという形がないと、自分の価値を認めにくいという状態にあり、それは長年にわたって続いている、と思うのです。

 私はそういう自己尊重の保持や高め方がマズいとは申しません。 

 問題なのは、誰かへの援助を通じて

①肯定的な評価に自身が救われているということに無自覚ということ、

②極端な言い方をすれば、相手の喜びを利用して自身の価値を確認し、自身を保ち、また高めている、ということである、ということです。

 そのことの無自覚さは、「あなたのために」こんないいことしているんだから、あなたは『私に』感謝すべきよ、という態度が生まれ、簡単に言えば、ふれふしなさい、言うことを聞きない、みんなと同じにしなさい、私の言うとおりにしなさい!ということを対価として求めることが起きると思っています。

 そうならないためには、「私の」行動に対して、お金という対価があることがとても大事なことに思えるのです。それが対等な位置関係にある、人を大切にしていることに思えます。

 言ってみれば、私はいいことをしているんだから、いいじゃない!! ということではなく、「仕事」をしているんだから、応分の対価としてお金をいただきますということが最も大切なことであり、自己尊重を保つために、利用者を活用するということばない、と思うのです。

 さて、誰かの役に立っていたい、そうすることでしか自分の自己尊重を高められない人たちの集団で、自己成長モデルの人が自己研鑽を重ね、スキルの面でもBeingの面でも成長を続け、「利用者・同僚の役に立つ」というふうになってくると、何が起きるでしょうか?

 自己成長モデルの人への攻撃です。職場の中で浮いてきます。

 自己成長モデルの人は、利用者にとって不快となるであろう事実も伝え、いいことはいい、だめなことはだめである、理不尽なことはNoである、という姿勢を持ち、そのことが、利用者を大切にする、平等な立ち位置での接遇であるという自覚があります。それが利用者や家族からも敬意を示され、『顧客』の信頼も篤いということに結果的になっていきます。

 「なんであんな冷たい態度をするなんて!  私たちが見なくて誰が見るんですか! 福祉のこころがないんですか!」と批判する人たちからみれば嫌なこととなります。

 なぜなら、利用者の満足こそが、私の自己尊重を高めることであり、利用者の不満足は、私の自己尊重を著しく低下させることであるからです。ですから、自己成長モデルの人の対応は、利用者の「不満足」をもたらすようにしか見えず、自分の存在を揺さぶる異分子としか見えなくなっていくのです。

 このような自己成長モデルの存在は、「福祉の自分」の価値を強く揺さぶり、自己尊重がそこなわれ、心理的な危機に陥ります。

 この“危機”というのが厄介なのです。

 冷静に考えられるならば、例えばあ、自分もそんなふうによい援助ができるようになりたいという発想が湧いてきて、研鑽の道に進めます。けれども、危機に陥っていると合理的な判断や見通しが難しくなるので、手っ取り早く自分の自己尊重を回復させるための策に飛びつきます。それが、自分より役に立っている人を貶めるという手段となりやすいのです。簡単な方法で「うわさ話」というやり方です。

 あなたの職場はうわさ話の宝庫ではありませんか?

<居心地いい 福祉職場にするためには>

 さて、私のトレーニングの受講者は学びを重ね、着実によりよいサービスを提供できるようになってきているという実感があると同時に、そういう自分への職場の同僚からの反応に居心地の悪さを感じることになってしまうのだと思います。

  自己尊重を他(弱)者に依存しなくてはならないのは、それほどに『自分には価値がない』という自己像が根底にあり、深い悲しみをかかえていらっしゃるというのも事実です。必死のサバイバルでたどり着いたのが福祉・介護という世界。

 そういう入口があってもよいでしょう。ただ、居心地のよい現場にしていくためには、自己尊重の扱い方について気づき、未解消な課題に取り組み、ご自身が変化する必要があります。

 理不尽な現場というのは、3Kだからとか、命を預かるストレスが大きいからとか、人不足だとかが理由ではありません。不適切な自己尊重のあり方が離職や施設内虐待を引き起こしているのです。

 こういう理不尽な現場を変えていけるのは、施設長や管理職のみなさんだけです。

 座学の研修を受けたり、待遇やら何やらのことをやってみたり、もう手は尽くされているのではないでしょうか。問題はそれではなく、学びや成長に抵抗する勢力をどう扱うかなのです。

 福祉の世界にたどり着いて、スタッフとなられた方々の痛みをどう扱い、解消していくかを身に付ける。それができる施設長や管理職が機能している組織では、居心地のよい現場になっています。

 古い体質を変えていくというのは一仕事ではありますが、方法はあります。一緒に取り組んでいきませんか?

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